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YouTube配信の補足・クリスタルボウルの演奏を奏でながら思っていること

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7月10日(土)は新月!ということで、YouTubeの生配信ライブを行いました。たくさんの方にご視聴いただき、本当にありがとうございました。

※前半はおしゃべりです。クリスタルボウルの演奏はちょうど1時間が経過したころから

配信のノウハウも少しずつ貯まってきました。あんまり部屋を暗くしすぎるとカメラが勝手にシャッタースピードを遅くして→画像がカクカクになるとか、配信中のパソコンは高負荷がかかっていて熱くて不安とか、少しずつ改善していこうと思います。たぶん次回はもっと高画質です。

 

また、配信中にチャットメッセージやスパチャ(投げ銭)もいただきましてありがとうございます!

メッセージで「何を思いながら奏でられてますか?」という質問をいただきましたので、今日はそれについてブログを書いてみます。

私がクリスタルボウルの演奏を奏でながら思っていること

それは・・・まずひとつは「聴いている人のこと」です(ご質問をいただいたときにさりげなく画面の方を指さしていました)。

生演奏と違ってYouTubeだと皆さんの姿を直接見ることができないので、ものすごくテレパシックな意識で感じながら思うようにしています。「心地よくなってもらえているかな?」ということを思っているのです。

もうひとつは「心地よくなーれ」という思いです。決して「あー面倒くさいなー」とか「早く1時間たたないかなー」という意識ではやっていません。

 

はい。

まぁ、恥ずかしいほどふつうのことですね・・・。「食べる人のことを思いながら、おいしくなーれとご飯を作る」とか、「喜んでくれるかなと思いながら、プレゼントを探す」というのと同じです。

 

私は「誰かが誰かを癒す」のは、そんなに大袈裟なことではないと考えています。もちろん、クリスタルボウルの場合は「演奏技術」や「演奏知識」が必要だけど、それは練習や勉強で身につけられるものです。

それ以外の「思い」の部分は、たとえばナントカ星団の高次の意識にアブダクションされながら演奏する・・・というようなのが必須ではなく、誰もが誰かのことを思えるように、祈れるように、ずっとずっとシンプルなことです。

もちろん、ナントカ星団の高次の意識にアブダクションされながら演奏しても悪くはないかもですが、奏者が「与える側」、聴者が「受け取る側」という関係性になってしまうと、エゴの押しつけになったり、魔境に陥ったりする恐れがあります。私は奏者と聴者は対等な関係性がよいバランスだと考えています。布施でも奉仕でもなく、ね。

 

というわけで、私は「心地よくなってもらえているかな?」ということを思いつつ、「心地よくなーれ」と思いつつ、クリスタルボウルを奏でています。それは、誰もが誰かのことを思えるように、祈れるように、ずっとずっとシンプルなことなのでした。

 

次回のブログも、YouTube生配信の補足をちょっと書く予定です。

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